2016年の熊本地震で、4月14日夜の「前震」により熊本城(熊本市中央区)天守閣入り口の石垣に緩みなどの変形が生じ、約28時間後の16日未明に発生した「本震」で崩落していたことが15日、分かった。前震・本震の後に共同通信がそれぞれ撮影した航空写真による高精細3次元(3D)画像を専門家が比較した。激しい揺れが続いたことでダメージが累積、被害が拡大した。(2026年4月15日に公開しました)
熊本県内で最大震度7を2回観測した熊本地震の本震から16日で10年。熊本城文化財修復検討委員会委員長の山尾敏孝(やまお・としたか)・熊本大名誉教授(土木工学)は「石垣の構造が前震で弱くなった状態で本震が襲った。前震が本震の被害に影響した」と指摘した。
3D画像は、共同通信が前震翌日に撮影した航空写真216枚と、本震10日後の26日に撮った511枚などを基に、谷田川達也(やたがわ・たつや)・一橋大准教授の協力で作成した。
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双方を比較すると、天守閣入り口に向かって右側の石垣は前震後に緩みなどが発生。本震で左右の石垣が崩れ、入り口がふさがれたことが分かる。周辺の石垣も本震後、大きく損壊していた。前震で一部が失われた大天守最上部の瓦は本震後にほとんど落下。小天守近くの地割れも拡大した。
熊本市によると、前震翌日の被害調査で、石垣の崩落は6カ所だったが、本震後は50カ所に増えた。被害を受けた国指定重要文化財建造物と再建・復元建造物の合計は前震後の17棟から33棟全てになった。
本震翌日に天守閣を市役所から見たという大西一史(おおにし・かずふみ)市長は「前震では何とか持ちこたえた部分があったが、本震で完全にたたき壊されたと感じた」と振り返った。
同市中央区は14日午後9時26分の前震で震度5強、16日午前1時25分の本震で震度6強を観測。前後も強い揺れが発生した。
熊本城は21年3月に天守閣の復旧が完了。石垣などの修復に時間を要し、全体の完了は52年度を見込む。
熊本城 | 国の特別史跡。戦国武将・加藤清正が築き1607(慶長12)年に完成。その後、熊本藩主となった細川氏が明治維新まで居城とした。1877(明治10)年の西南戦争では、明治政府軍と、西郷隆盛率いる旧薩摩藩士らとの戦闘の舞台になった。天守閣はその直前、火災で焼失。1960年、鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建された。2016年の熊本地震で、宇土櫓(うとやぐら)など国指定重要文化財が被災。石垣は全体の3割弱に当たる約2万3600平方メートルで崩落などの被害があった。
動画 熊本地震から10年― 「見せる復興」を掲げ、2052年度まで続く復旧作業に関わる担当者や市民らの熊本城への思い【3Dは語る】
2016年の熊本地震で被災した熊本城は、これまでも災害などで修復を繰り返してきた。過去の詳細な記録はなく、石垣などを元通りにする作業は困難を極める。「全国の城郭は現状を3D(3次元)に残し、災害に備えて」。関係者は教訓を語る。復旧に貢献したのがレーザー測量などを活用した最新技術で、モデルケースとして各地から視察が相次いでいる。
「熊本城は市民の精神的支柱。心に深く入り込んでいる存在だと地震で実感した」。復興を陣頭指揮してきた熊本市の大西一史(おおにし・かずふみ)市長は語った。
被災後、久しぶりに夜間のライトアップで照らした瞬間、拍手が起きた場面が忘れられないという。「城の復旧と自宅の修理を重ねる市民がいた。『うちは何とかするから、城を頼む』と言う人までいたのには驚いた」
「本震」の10日後に熊本城を撮影した航空写真による3D画像を見た大西市長は「生々しい記憶がよみがえった。変遷を経て今の姿になっていることが分かる」と話す。
一方で「災害の記憶は時間とともにすり替わる。熊本では明治22(1889)年も大きな地震があったのに忘れられていた」とも。今回、全体の復旧が完了するのは2052年度の見込み。「工事が長く続くことは、熊本地震を忘れないことにもつながる」と先を見据えた。
動画 地震前-前震後-本震後-現在の比較3D映像
特別史跡の熊本城について、同市熊本城調査研究センターの嘉村哲也(かむら・てつや)・文化財保護参事は「崩れた石垣は、できるだけ元の場所に石を戻す必要がある」と説明する。
石垣は表面の大きな築石(つきいし)、その裏側は小さめの栗石(ぐりいし)が多く詰められるなど複合的な構造をしている。被災前の詳しいデータはなく「地震でどう変形したのかが分からない」(嘉村さん)という難題に直面した。
石にレーザー光を照射する3Dレーザー計測を活用し元の位置を推測。一つずつ探る地道な作業だ。必要とされる石垣の復旧完了は面積ベースで7%にとどまる。
ほかにも最新技術の活用として、天守閣内部をくまなく撮影、3D画像で被害把握に生かした。
修理が必要な箇所の7~8割は明治の地震で直したところだった。嘉村さんは「過去の作業がまずかったわけではない。修理をすれば、どうしても石の組み合わせなどに不整合な面が生まれ、動きやすい」とした上で「修理を丁寧に重ねてきたから今の熊本城がある。修理の歴史が新しい価値になれば」と強調した。
熊本城総合事務所復旧整備課技術主幹兼主査の陣田武史(じんだ・たけし)さんは、各地の城について「記録は写真と図面がベース。被災前の状態が3Dであれば正確なデータとして役立つ」と提言する。「現在の姿は関係者が10年間頑張ってきたから。被災した方の希望にもなったと思う。変わる熊本城を見続けてほしい」