2011年の東日本大震災で大規模火災が起きた岩手県山田町の中心部で、津波によるがれきが市街地を広く覆ったことにより、道路が本来持つ延焼防止機能が働かず、火災が拡大していたことが4日、分かった。発生12日後の航空写真を基にした高精細3次元(3D)画像を専門家が分析、道路が火の通り道となった痕跡が残っていた。津波に伴い生じる「津波火災」対応の難しさが浮き彫りになった。
(2026年2月4日に公開しました。本ページの下部には、震災発生当日の津波や火災の状況を撮影した写真を掲載しています)

路上がれき、津波火災拡大
市街地山積、延焼経路に 岩手・山田町、3D解析

3月11日で東日本大震災から15年。日本火災学会の調査で、津波火災は7道県で159件発生した。車などが流されたり、火気器具が転倒したりといったさまざまな要因で出火した。山田町のJR陸中山田駅(現在は三陸鉄道)周辺は東京ドーム3・7個分の約17・3ヘクタールが燃え、最大の延焼面積だった。

共同通信は11年3月23日に撮った航空写真79枚を基に、一橋大の谷田川達也(やたがわ・たつや)准教授(コンピューターグラフィックス)と協力し、最新のデジタル技術で立体化した。この時期は市街地を埋め尽くしたがれきのうち、道路部分については取り除かれていた。

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画像を見た東京大の広井悠(ひろい・ゆう)教授(都市防災)は、道路の黒く焦げて見える部分に注目した。「がれきが道路上で燃えたとみられ、この場所が火の通り道となって延焼が広がっていった」と推測。

道路には延焼を防ぐ機能がある。昨年11月の大分市佐賀関の大規模火災でも道路が「焼け止まり」となった箇所があった。しかし、道路ががれきに覆われてしまう津波火災ではこの効果が望めないことが示された。

東日本大震災で津波火災の被害を受けた岩手県山田町のJR陸中山田駅(中央)周辺の3D画像から。道路の黒く焦げて見える部分が火の通り道になっていたとみられる。2011年3月23日に撮影した航空写真を基に、共同通信が一橋大の谷田川達也准教授と協力して作成した

3D画像では、駅前の建物の3階などが焦げているのが分かる。町によると、付近の浸水は約2メートル。3階などは浸水を免れたものの炎に囲まれたとみられ、「浸水地域では、津波で助かっても津波火災で生存空間がなくなる可能性を伝えている」と広井教授。

津波火災は24年の能登半島地震などでも起きており、「津波に火災は付きものという前提で対策を進めるべきだ」と話している。

津波火災 | 地震に起因する「地震火災」の一種で、津波が原因で起きる火災。沿岸各地で相次いだ東日本大震災で広く呼ばれるようになった。押し流された車や、火気器具の転倒などが元で出火する。がれきがあるため消火が困難になり、延焼が拡大しやすい。1993年の北海道南西沖地震や2024年の能登半島地震でも確認され、南海トラフ巨大地震でも発生が懸念されている。

動画 東京大の広井悠教授が3D画像を分析

消火活動、極める困難
避難、現場到着、取水…

津波に続いて起きる「津波火災」は、消火活動が通常の火災より困難を極める。津波からの避難が必要な上、浸水や一面を覆ったがれきに現場到着を阻まれ、消火栓などが使えず水の確保もままならないからだ。専門家は「市街地の火災とは異なる津波火災のリスクを認識しておいてほしい」と呼びかける。

「すぐ行けば消せるような火だったのに」。岩手県山田町消防団第7分団として2011年の東日本大震災当日、町中心部で、消火活動に追われた甲斐谷定貴(かいたに・さだたか)さん(53)、佐藤譲(さとう・ゆずる)さん(42)の苦い記憶だ。

津波から避難した町役場裏の高台に立つ甲斐谷定貴さん(左)と佐藤譲さん=2026年1月、岩手県山田町

中心部は津波に襲われた後、2カ所から白煙が立ち上った。やがて黒煙に変わった。2人は消火に向かったが、路上のがれきが行く手を阻み、防火水槽や消火栓は埋もれて使えない。黒煙は「導火線」のようにがれきを伝い、燃え広がった。

分団で受け継がれてきた「自然の水利をあてにする」という教えを念頭に、内陸の用水路をせき止めた。それでも水は足りず、最後は約40トンあった緊急用飲料水にも手を付けた。夜には万策尽きて、翌朝目にした町は焦土と化していた。「消防は無力だった」

日本火災学会の一員として当時、現地を調査した広井悠(ひろい・ゆう)・東京大教授は、山田町中心部の火災について「2カ所からの出火が合流し、東日本大震災の津波火災では最も延焼面積が大きくなった」と解説する。

津波火災の延焼メカニズムは、がれきが津波で山のふもとに押し寄せ、倒壊家屋などの可燃物に着火、延焼が拡大したパターンが多い。「山田町の場合、津波がすべてを押し流すほどの勢いはなく、可燃物のがれきが広範囲に散乱した。がれきで埋め尽くされた道路は延焼防止機能が働かなかった」と指摘した。

山田町中心部では最初の出火原因は明らかになっていない。広井教授は「津波火災の原因は火災ごとに違い、火気器具の転倒や車両、重油の流出、電気配線のショートなどさまざまだった」と語る。

困難に直面した甲斐谷さんは「防火水槽や消火栓は津波浸水想定区域の外に置き、道幅も広げるべきだ」と提言した。

火災の痕跡を示した高精細3次元(3D)画像は、3階部分まで炎に包まれた建物を捉えていた。「津波から上層階に避難しても、津波火災のリスクがあることを知ってほしい」と広井教授。

「まずは火の始末をした上で、きちんと津波から逃げてほしい。逃げる余裕がなければ近くの津波避難ビルや避難タワーを目指し、可能なら津波火災のリスクが小さい高台まで逃げてほしい」

動画 山田町消防団が証言する当時の消火活動

写真特集

岩手県山田町はいま

山田湾と防潮堤=2026年1月、岩手県山田町
岩手県山田町の防潮堤=2026年1月
現在の岩手県山田町中心部の町並み=2026年1月
現在の陸中山田駅=2026年1月、岩手県山田町
津波火災で焼け焦げたJR陸中山田駅の駅舎に設置されていた大時計。岩手県山田町中心部に展示されている=2026年1月
消火に使った緊急用飲料水の貯水槽の前に立つ甲斐谷定貴さん(右)と佐藤譲さん=2026年1月、岩手県山田町
甲斐谷定貴さんが消火のための水を確保するためにせき止めた用水路=2026年1月、岩手県山田町

岩手県山田町の
津波火災

防潮堤に迫る津波=2011年3月11日午後3時20分ごろ、岩手県山田町(同町提供)
防潮堤を乗り越え、岩手県山田町の中心部に流れ込む津波=2011年3月11日午後3時20分ごろ(同町提供)
山田漁港で津波に巻き込まれる漁船=2011年3月11日午後3時57分(岩手県山田町提供)
津波の後、火災が発生した岩手県山田町の中心部=2011年3月11日午後5時42分(同町提供)
津波の後、火災が発生した岩手県山田町の中心部=2011年3月11日午後5時42分(同町提供)
津波が押し寄せた後に岩手県山田町で発生した火災=2011年3月11日午後(同町提供)
岩手県山田町の役場前の火災=2011年3月12日午前6時ごろ(同町提供)
ドキュメンタリー

動画  【3Dは語る】東日本大震災の3D画像で分かった「津波火災」のメカニズムとはー消火に当たった消防団員がとった咄嗟の行動ドキュメント

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