石川・珠洲
ビジュアルで伝える被災地
元日の夕刻、穏やかに過ぎていく時間を一変させたのは、マグニチュード7.6の巨大地震だった。最大震度7を記録し、津波がまちを襲った。大きな揺れや火災が、幼い子どもからお年寄りまで200人余りの命を奪った。いまだ安否の分からない方々も多数に上る。被災者は不安や悲しみの中、避難生活を続けている。被災の現場を取材した。

共同通信カメラマンは、地震発生から2週間近くがたった1月12日、石川県珠洲市宝立町鵜飼地区に入った。津波と地震で甚大な被害が出たエリアだ。

海沿いの通りは泥と水たまりで覆われ、潮の臭いがした。傾いた電柱には電線がだらんと垂れ、あちこちで、1階がひしゃげた木造家屋が道路に瓦を飛び散らせていた。 捜索やがれき撤去などは行われておらず、静寂が広がっていた。

泥の道には突然引きずり出された“生活”が露出している。足元を注意して見ると、泥にまみれたフライパンやテレビのリモコンが落ちていて、漫画や子ども用のぬりえもあった。

視線を上げると、割れた窓と汚れたカーテンの間から元々2階だった和室が見える。「潰れた1階部分に人が1人閉じ込められています」と書かれた張り紙は、赤い線でバツ印が付けられていた。

貝殻が付着した網戸や、頭上の枝に海藻が引っかかった木もあった。調査によると、鵜飼地区では4.3メートルまで津波の痕跡が確認されたという。

グーグルストリートビューには、2014年10月の同じ場所が写っている。晴れた日に整然と家屋が並ぶのどかな風景があった。たしかにそこにあった同じ家屋が崩れていた。
© Google