涙に包まれた1日となった。両親を失ったマキシム・ナウモフは演技を終えると涙があふれてきた。米首都ワシントン近郊で1月29日に小型旅客機と陸軍ヘリコプターが衝突した事故から1カ月余り。巻き込まれたフィギュアスケート関係者28人を含む67人の犠牲者を追悼するイベントが2日、「レガシー・オン・アイス」と銘打ってワシントンで開催された。
ともに冬季五輪金メダリストで女子のクリスティ・ヤマグチさん、男子のブライアン・ボイタノさんが司会を務めるなど、新旧の米フィギュア界のスターが一堂に会した。
ボイタノさんは「悲劇の結果を巻き戻すことはできないけれど、自分たちにはまだ力がある。スケーターとして、逆境に屈しないよう、ポジティブな、前に進む道を常に見つけるよう学んできた」とあいさつ。ヤマグチさんも「彼らを決して忘れません」と力を込めた。
リンクサイドに一人一人が花を供える形で進行。ボイタノさんの呼びかけで会場の観衆がスマートフォンのライトをともして黙とうをささげる場面もあった。

1994年世界選手権(幕張)ペア金メダリストで元ロシア代表のワジム・ナウモフさんとエフゲニア・シシコワさん夫妻の息子、マキシムは両親が好きだったという曲に合わせ、まずはシングルとして滑走。ひざまずき、あふれる涙を拭いながら、万雷のスタンディングオベーションを浴びた。続いて鎮魂の「アベ・マリア」を仲間と一緒に舞い、キャンドルを天に届けとばかりに高く掲げた。マキシムは「皆への感謝と愛を表現する言葉が見つからない」とインスタグラムに記した。全米選手権で4位に入り、2月の四大陸選手権(ソウル)代表に選ばれていたものの辞退し「抱きしめられたり、メッセージや電話をもらったり、祈りをささげてもらうたびに表現できない形で自分の胸に響いた」と周囲のサポートに感謝。「皆の愛情が深く自分の心にしみて、涙がこみ上げた。自分に示してくれた優しさや、心遣いが自分に一歩一歩前に進む強さを与えてくれる」と決意を口にし「これが言葉で表せること以上に大事なこと。人生で最もつらい時に支えてくれて、心からありがとう」と続けた。
男子で北京冬季五輪王者のネーサン・チェンは群舞で登場。女子のアリサ・リュウはマライア・キャリーさんの「ヒーロー」に乗って演技を披露した。男子で昨季世界選手権覇者のイリア・マリニンは得意のジャンプで魅了。感極まった様子でソロとしてはトリの出番を終えた。最後は出演者たちが大ヒット映画「トップガン マーヴェリック」でも使用されたレディー・ガガさんの「ホールド・マイ・ハンド」を背景に、曲の「私の手を離さないで」というメッセージをリンク中央でハート形の人文字をつくって表現。2時間以上に及んだ舞台が幕を閉じた。


AP通信によると、「ヒーローは自分の中にいる」というキャリーさんの歌声で演技を締めたリュウは「一緒に集まって、皆にまた会うことが、間違いなく、一番安心できる。お互いどんな気持ちかが分かっているから」と振り返った。マリニンは「自分にとって心に重くのしかかる経験で、起きたことを全て聞いた時には本当に落ち込んだ。だからファミリーとしてコミュニティー全体で彼らを忘れないように本当に何かをしたかった。毎日の生活の中で、氷上に立つたびに、自分たちは彼らを思い出すし、試合に出るたびに、彼らはこれからも自分たちの心の中にいる」と語った。親日家としても知られるジェーソン・ブラウンは「皆がお互いを支えるためにここに来た。この競技に旅はつきもの。だから今回は自分たち皆が本当にこたえた」と打ち明けた。
会場となったキャピタルワン・アリーナを本拠地とする北米プロアイスホッケーNHL、キャピタルズのスター選手アレクサンドル・オベチキンも出席するなど、連帯感の演出に一役買った。イベントは遺族らの支援を目的に実施。一夜明けた3日には米プロバスケットボールNBA、ウィザーズやキャピタルズの親会社で、1万5千人以上の観客を集めたイベントを、米国フィギュアスケート協会とともに主催したモニュメンタル・スポーツ&エンターテインメントは同日までに約120万㌦(約1億8千万円)の収益が集まったと発表した。テッド・レオンシス最高経営責任者(CEO)は「驚きとともに感謝し続けている」と声明を出した。米フィギュア界の結束力の強さが氷上に映し出された。