2011年の東日本大震災で、福島県新地町のJR常磐線新地駅に停車中だった電車が津波に襲われ、線路をまたぐ跨線橋に先頭車両が衝突し、全4両が最大約80㍍押し流されていたことが9日分かった。被災翌日の航空写真を基にした高精細3次元(3D)画像で判明。運転士も同様に証言した。たまたま乗っていた警察官2人の誘導で他の乗客37人は事前に離れ、乗員3人は跨線橋を駆け上がり無事だった。15年前の惨状は早期避難の必要性を突き付ける。
3D画像は、共同通信が11年3月12日朝に撮影した航空写真52枚を基に一橋大の谷田川達也准教授の協力で作成した。先頭車両には衝突によるとみられる陥没があり、3両目はくの字に折れ曲がって原形をとどめていない。他の2両も流されながら横転した。
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この電車の運転士だった原田晋明さん(65)は5月の取材に「最初の波が最も強く、まず後ろの2両がぽこっと浮いて流された。先頭車両は跨線橋にぶつかり、水面が渦巻いていた」と証言した。
津波をシミュレーションで再現している東北大の今村文彦教授(津波工学)は3D画像を見て「福島県沖の断層破壊の影響を直接受けた第1波が強く、押し波で一気に到達した」と指摘。新地町では10㍍近い高さだったと推定し「第1波の時間が長く、浸水も深かったので電車が浮き、移動した」と分析した。
新地町などによると、海から約600㍍離れた平野にある新地駅で、上り普通電車が発車しようとした11日午後2時46分に地震が発生。大津波警報が出て、午後3時40分に第1波が町に到達、駅舎や線路は流失した。
電車には、福島県警の警察官になったばかりの斎藤圭さん(42)ら2人が乗っており、津波到達前に他の乗客を町役場まで誘導した。一方、原田さんと車掌2人は指令室との連絡が途絶え、駅にとどまったが、津波を目撃して跨線橋に上がり、一命を取り留めた。
JR東日本は12年、大震災の場合は、津波を想定し、他と連絡がつかなければ、乗員は乗客と共に避難するとの行動指針を策定した。
東日本大震災の在来線被害 | JR東日本によると、東日本大震災の津波で山田線や仙石線、常磐線など5本の在来線が脱線、流された。23駅が流失、線路やトンネル、通信設備など鉄道施設に大きな被害が出た。各地で避難行動が取られたこともあり、駅や車内で犠牲となった乗客や、勤務中の乗員はいなかった。
2011年の東日本大震災で、JR新地駅(福島県新地町)に停車していた電車の乗客を津波から救ったのは、乗り合わせた警察官2人の機転による避難誘導だった。「ここにいてはいけない」。激しい揺れの中、警察学校で学んだ津波を連想し、約1㌔離れた町役場まで全員を導いた。沿岸を走ることが多い日本の鉄道の宿命として、識者は速やかな避難や日頃の訓練の必要性を訴える。
11年3月11日午後2時46分、地震が発生。新地駅では、常磐線上り電車が、沿線火災の影響で定刻より約10分遅れて発車しようとしていた。乗客の中には、10年4月に福島県警の警察学校に入り、この日に初任補修科の卒業式を終えた斎藤圭さん(42)=現高速道路交通警察隊いわき分駐隊班長=ら2人もいた。
強い揺れが続いた3分後の49分、大津波警報が出た。斎藤さんは警察学校で学んだ津波のことを思い出した。04年のスマトラ沖地震で、津波がタイ南部のプーケットを襲った映像を見ていた。新地駅は海から約600㍍。「最大級の津波が来る。『絶対、こんな場所にいてはいけない』と確信した」
上司と連絡が取れず、判断を仰げないまま、避難を決めた。電車に残ろうとする人には「全員で逃げないと」と説得した。点呼で人数を確認、約1㌔先にある4階建ての役場を目指した。
斎藤さんは列の最後尾に回り、足の不自由な高齢女性と一緒に向かった。「津波が来ないか、恐怖で海の方向を何度も見ました」。軽トラックを呼び止めると、この女性と近くにいた人々を荷台に乗せた。役場に着いた途端、津波が到達した。
町長だった加藤憲郎さん(79)は役場の3階から第1波を目撃した。「青い海原がどす黒く変わり、壁になって押し寄せた」。住民や乗客を役場で受け入れた。
一方、この電車を運転していた原田晋明さん(65)は、JR東日本水戸支社にある指令室と連絡がつかず、車掌2人と電車にとどまった。
津波を目撃し、3人は急きょ跨線橋の階段を駆け上がった。駅舎や他の建物は水没した。余震のたびに跨線橋が揺れた。「崩れたらおしまい。『死ぬって、こういうことか』と覚悟した」
夜になると月明かりが浸水した一帯を照らした。「何もかもなくなり、音もない。海の上にいるようだった」。水が引き始め、翌朝、3人で役場へ歩いていった。
原田さんは「警察官の避難誘導で、お客さまの命が守られた」。その行動に感謝している。
東北大の今村文彦教授(津波工学)は「日本の鉄道は人口が集まる沿岸部を走る路線が多く、津波避難の想定は避けられない」と指摘する。「地震で揺れたら、浸水想定地域なら電車は基本的に停車し、乗客乗員とも避難してほしい。さまざまなシナリオの訓練が重要だ」と強調した。
動画 東日本大震災の津波に襲われたJR在来線の電車、3Dで再現 乗客の命救った若い警察官の使命感、跨線橋で救われた運転士、全員生還のドキュメント【3Dは語る】